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『自然の恵み 原木クリタケ』 [日記]
乙女ツバキ樹下の一面の原木クリタケ
『自然の恵み 原木クリタケ』
シイタケの原木を見に行ったら、
立派なシイタケが食べごろで出ていました。
乙女ツバキの樹下のクリタケは如何したものかと、
見に行くと驚くほど、もこもこ出ておりました。
この所、2日間程、程よい雨と、気温のせいか、
キノコには、最高のようでした。
クリタケの原木は、6年ほど前に、
庭の落葉樹を切り倒し、管切って、キノコ用原木にしたものです。
二冬程、養生して、キノコを見ることが出来るようになります。
歳を重ねて、スローライフの一部として、
原木キノコの栽培は、生活を豊かにしてくれます。
孫たちも来ていた頃は、バーベキューや鍋物の時には、
喜んで、竹のざるを持って、取りに行ったものでした。
3.11福一原発事故以来、孫は来なくなる。
キノコには、放射性セシューム等が、国の定めた基準値以上出ていると、
報道されるようになりました。
キノコも眺めて楽しむ時代になったと思えば、
気は楽です。
一年に何回か、鹿児島か福井に行った時に、
キノコや卵、それに牛乳や生鮮野菜に近海魚を、
たらふく食べて、ストレスを解消する事はしているのですが・・・・
このように大地が、汚染されているのにもかかわらず、
経団連などの財界の人間が、原発再稼動を、叫んでいる面々の、
心の中が、私には理解できません。
その中で、孫正義氏一人、原発再稼動絶対反対を唱えているのが、
唯一つの救いというものだろうか?
ヤブマメ その実が見られました。 [日記]
この石仏のような正体は? [日記]
この石仏のような正体は、一体何?
かつて、アンちゃんと言うあだ名の、高校の生物の先生に連れられて、
水戸市立植物園に行ったことがあります。
その時、湿地に生えるという、この木の正体をお聞きした事があります。
その時は、なぜ外国産の植物を珍重するのかなあ~と軽い疑問を感じただけでした。
今日、10月31日に、かつて谷地田であったところが、公園に変わった所を、
見学に行ってみました。
TPPとかが、声高に叫ばれている現在、鹿児島県の農地が、
余りにも整然と耕されており、我が茨城との大いなる違いを感じた為もありました。
そこで、このヌマスギの、呼吸根(気根)の不思議さに、驚かされた次第です。
あたかも石仏のようでした。
Wikipediaで調べてみると、面白いことが分かりました。
以下、Wikipediaの記述を転記してみたいと思います。
ラクウショウ(落羽松、学名:Taxodium distichum)はスギ科ヌマスギ属の針葉樹。別名はヌマスギ(沼杉)。和名はヌマスギ。
特徴はと言うと、
北アメリカ原産の落葉針葉高木。アメリカ大陸東南部からメキシコに分布するが、日本にも移植され公園などで見られる。湿潤地に適し、沼沢地での根元が少し水につかった状態(冠水)で自生することが多い。このため日本ではヌマスギと呼ばれる。花は雌雄異花で開花期は4月頃。果実は緑色の球形である。湿地に植えると、幹の周りに呼吸のための呼吸根(気根)が出てくる。膝根とよばれる。湿地に向いた木であるが、通常の土地でも植栽できる。繁殖は実生、挿し木。辺材は器具に、心材は精油を適度に含みながらも大きな気室を持つ細胞構造であるため、軽量で土中や水中で腐朽しにくいその特質を生かし土木(枕木など)、船舶材、建築(屋根板など)などとしても利用される。と言うことです。
ヌマスギ(ラクウショウ)
ヌマスギの、呼吸根(気根)の不思議な配列!
鹿児島県天然記念物トカラ馬『ナユタ』との再会! [薩摩紀行]
鹿児島大学付属動物病院の馬房で休む『ナユタ』
2011/10/10 撮影
後脚骨折の『ナユタ』痛々しい姿。
2011/03/19 撮影
鹿児島への旅の一つの目的は、後脚骨折の『ナユタ』との再会もありました。
前回の3月の旅で、偶然目にした、天然記念物の日本在来馬のトカラ馬の、
その後は、私にとって気になるものでした。
脚骨折と言えば、薬殺と思っていたのですが、
ここ鹿児島大学付属動物病院では、それを治療しておりました。
偶然が重なり、このトカラ馬が、鹿児島県十島村中ノ島生まれの、
『ナユタ』と言う名も突き止められました。
半年ほど経っていたので、もう完治して、
十島村の中ノ島に帰っているかと思ってもいました。
たまたま、大学構内を引き馬していた、馬術部員の方と、
知り合い、『ナユタ』のことをお聞きすると、
案内してくださいました。
『ナユタ』は、大学病院の馬房の中で、足を投げ出して、
座る格好をしておりました。
心なし元気がないようなので、経過を聞くと、
やはり、あまり良くないとのことでした。
「立たせましょうか?」と言ってくださったのですが、
「それには及びません。」と言いました。
後脚のギブスがあまりにも痛々しかったものですから。
案内をしてくださった方は、博多美人の獣医学専攻の方でした。
気ままな鹿児島自転車ぶらり旅! [薩摩紀行]
鹿児島市内ぶらり歩きの愛車!
10月9日から10月18日までの、鹿児島の旅で、
私の足となってくれた愛車シボレー号です。
10月13日は、フランシスコ・ザビエルの上陸地点で有名な、
祇園の洲公園まで、足を伸ばしました。
郡元電停から、鹿児島の中心地天文館を通り抜け、
照国神社前を、右に折れ、東郷元帥の銅像の案内のあるところで右折すると、
まもなく祇園の洲公園に着きます。
この日は晴天で、暑く、木陰が欲しかったです。
東屋で,柴犬と休んでいる方がおりました。
何と私と同い年の方でした。
彼の愛犬は、黒之介という名だそうです。
写真を撮らせていただくと、ちゃんとポーズを取ったではありませんか。
お互い、現役を退いた身、又の会う事を念じつつ、
お別れしてきました。
今回の10日間の旅では、
このような出会いが、度々ありました。
ポーズを取ってくれた黒之介
フランシスコ・ザビエルの像!
平将門公と國王神社! [日記]
将門公も仰ぎ見た風返し峠から仰ぐ筑波峰
國王神社由来記
國王神社の鳥居と表参道
國王神社拝殿
國王神社本殿
狛犬阿像
狛犬吽像
鬱蒼とした杜の中では、落ち葉焚きが行われておりました。
平将門公を祭る國王神社は、何時の日にか参拝をと思いながら
延び延びになっておりました。
鹿児島への10日の小旅行も終わり、
一段落し、思い切って、岩井の地まで足を伸ばしてみました。
県内と言っても、筑波山の東と西では、
かなりの距離がありました。
それに地理不案内と来ています。
十三小幡から、風返し峠を越えて、
筑波、明野、結城、八千代村から、
坂東市に入りました。
途中、畑どころのあちこちでは、
レタスの収穫時期で、沿道には農家の人が、
そこここにおりました。
道を尋ねるには、好都合でした。
國王神社は、県道結城岩井線の横にありました。
鳥居をくぐり、拝殿の前に立つと、
写真で見覚えのある拝殿が立っておりました。
萱葺き流造りの本殿は、見事なものでした。
拝殿には、相馬氏、門馬氏など、平将門公に連なる方々の
お供え物でいっぱいでした。
神社の境内では、宮司さんが、焚き火をしており、
心安く、國王神社と将門公に関して、
お話を聞かせてくださいました。
相馬の馬追いとの関連や、将門公に連なる
ご一門の方々のお話も聞かせてくださいました。
来月11月第二日曜日(十三日)は、将門祭りが執り行われるそうです。
JR・おれんじぐるりんキップの旅 鹿児島エリア版 [薩摩紀行]
エメラルドグリーンの東シナ海の海①
エメラルドグリーンの東シナ海の海②
エメラルドグリーンの東シナ海の海③

エメラルドグリーンの東シナ海の海④
JR・おれんじぐるりんキップ 鹿児島エリア版の旅は、
当初、出水市麓の武家屋敷見学の旅でした。
鹿児島中央駅で、4,00円で、切符を購入し、
在来線乗り場3番線に進みました。
川内駅で、肥薩おれんじ鉄道に乗り換える時から、
不思議旅が始まりました。
乗り換えの改札口で、快速電車のほうが、
早いですよという、アドダイスがありました。
急ぐ旅ではなく、ぶらり旅の旨言い、
普通列車に乗りました。
そして見所を教わりました。
東シナ海という今まで、遠い存在であった海が広がると、
そのグリーンエメラルドの海の色は、
想像以上に、私の心を捉えました。
車窓を見ながら、カメラのシャッターを切るのに熱中しました。
その上、快速電車待ちの途中停車の10分は貴重でした。
牛の浜という駅は、無人駅でしたので、駅を出て、
駅前をぶらぶら歩きまわりました。
出水駅で、初めてレンタル自転車を借りて、
麓の武家屋敷群に行きました。
帰りは、新幹線さくら号を利用しました。
全体の印象は、肥薩おれんじ鉄道が、
殊の外、よかったと思います。
肥薩おれんじ鉄道
新幹線出水駅舎
新幹線出水駅ホームに入る、さくら号
島津義弘公と徳重神社(伊集院町)! [薩摩紀行]
島津義弘公銅像(鹿児島本線伊集院駅前)
徳重神社(妙円寺詣り縁の神社)
日置市伊集院弓道場にて、弓の稽古をされる、
錬士5段の山下敏夫氏。
伊集院の町に、島津義弘公の銅像があるということを、
前々から知っていたのですが、やっと今日、対面することが出来ました。
勇壮な像なのですが、果たして時代考証は完璧かという思いを、
確かめる意味が、最大の目的でした。
残念ながら、鐙と物射沓の関わりが,やはりなっておりませんでした。
皇居前広場の大楠公の像には、遠く及びませんでした。
それから、妙円寺詣りに深くかかわる、徳重神社をお参りしました。
神社の境内の弓道場に、1人の方が、
弓の稽古をされておりました。
見学は、可能かどうかお尋ねすると、
気さくに、OKしてくださいました。
お互い弓を引くもの同士、話が弾み、
1時間半くらい、、弓談義で過ごしました。
思わぬたびの一コマでした。
10月23日は、妙円寺詣りで、伊集院の町は、
大変は盛り上がりを見せる事だそうです。
私は、10月18日に、帰路に着く予定ですので、
出ることは適いませんが、
またのお会いできることを願いながら、
お別れしたところです。
鹿児島本線一人旅の初めです。
大きな収穫になりました。
博多美人と、一緒に引き馬! [薩摩紀行]
無口をとる私
引き馬している博多美人
気ままに動くアタックアイファー
厩舎に入った、アタックアイファー
大学構内で、アタックアイファーを引き馬する、
博多美人に出会いました。
馬の写真を、快く撮らせていただきました。
馬に、いいように引き回されているので、
私が、馬の無口を取って、『よし、よし』と、うなじを叩いてあげると、
アタックファイヤーは、即おとなしくなりました。
今回のように、長く、一つ所に、留まったことがなかったそうです。
馬と人の扱いは、似ているなどと、お話をしながら、
馬術部の厩舎まで、私が引き馬して行ってあげました。
人との出会いは不思議なものです。
今度、馬に乗せていただくことになりました。
鹿児島旅行の一コマです。
彼女の写真は、ここでは、割愛させていただきましょうか?
大学馬術部の練習風景
2011/10/11 07:50 撮影
顔を見せてくださった博多美人です。
2011/10/13 07:50 撮影
掲載は、本人の許可を受けております。
鹿児島郡元の一之宮神社で遊ぶ、ネコ! [薩摩紀行]
掃き清められた境内でじゃれるネコ君①
掃き清められた境内でじゃれるネコ君②
掃き清められた境内でじゃれるネコ君③
掃き清められた境内でじゃれるネコ君④
掃き清められた境内でじゃれるネコ君⑤
鹿児島郡元の一之宮神社
いつも、鹿児島に来ると、鹿児島郡元の一之宮神社にお参りするようにしています。
昨日、10月9日午後4時20分ごろ、鹿児島空港に着きました。
今朝、温い気候の鹿児島の朝を満喫すべく、
カメラ片手に、郡元の町を散歩してみました。
鹿児島郡元の一之宮神社には、日章旗が掲げられ、
きれいな庭は、竹箒で、いつものように掃き清められておりました。
相撲の土俵のように掃き清められた、境内の砂の上で、
ネコが一匹、寝返りを楽しんでおりました。
近寄っても、落ち着いたもので、カメラを向けても、
動じる様子もありませんでした。
ほとんど接写の状態で、
何枚も、写真を撮らせてもらいました。
いつもこの神社にお参りすると、
新しい発見があります。
ネコ君、ありがとう。
正確な名前の知らない蓼科の草本!同定お願い! [日記]
①ヤナギタデか?
②ヤナギタデか?
③ベニタデか?
蓼(タデ)と思われる草本が、2種庭に出ていました。
これまでは、イヌタデと漠然と思っていたのですが、
①、②のタデの花に気が付き、
③の花との違いに気が付きました。
一般的に、畑や庭で見るタデは、
③のような気がしていました。
子供の頃、③のイヌタデと思われる赤い実を、
アカマンマと言って、お赤飯に見立てて、
ままごとをした記憶がございます。
なんとなく、気にかかるので、Wikipediaで調べてみました。
Wikipediaによると、下記の通りです。
タデ(蓼、英名water pepper、学名Persicaria hydropiper)は、タデ科の1年草。
単にタデと言う場合は、ヤナギタデを指す。
「蓼食う虫」の蓼もヤナギタデである。
特有の香りと辛味を持ち、香辛料として薬味や刺身のつまなどに用いられる。
野生の紅タデがもっとも辛く、栽培種の青タデは辛さが少ない。
品種としては、柳タデ(本タデ)、紅タデ、青タデ、細葉タデなどがある。
タデの葉をすりつぶして酢でのばしたものはタデ酢と呼ばれ、
アユの塩焼きに添えられる。
辛味成分はポリゴジアール。
放射能フリーの恵送品From 福井! [日記]
越前福井米(宅急便)
越前福井米(玄米)
越のルビー(登録商標)ミディとまと
越のルビー①
越のルビー②
この間の、嫁さんの友人からの放射能フリーの食べ物に続いて、
昨日、今日と、又又福井から、放射能フリーの、
越のルビーミディとまとと、越前福井米30キロが届きました。
... ... 放射能汚染の進むここ茨城において、
放射能汚染の心配の少ない食品は貴重である。
町内の友人に、「孫さんに食べさせるのに、トマトを持って行きたい。」。
そう云うと、いつもは放射能の汚染など、
何でもないと云っている友人も、大層な喜びようでした。
私たちの街からも、放射能の汚染を心配して、
夜逃げ同然(本人の言葉を借りると)にと言って、
関西方面に越してゆかれる方も、見受けられるようになりました。
この日の本の国で、北海道に次ぐ耕地面積を誇る茨城も、
放射能汚染の影響は、目に見えるところでも現れて来ています。
米の味などと、贅沢は言っておられません。
今までになく、放射能フリーの地域からの食品の、
恵送は、身にしみてありがたいことです。
「山のアケビは 何見て笑う 」 [日記]
熟れたアケビ①(a ripe akebi fruit)
熟れたアケビ2(twin ripe akebi fruits)
アケビの雌花(femail akebi flower)
アケビの雄花(mail akebi flower)
今日は、天気も良かったので、山のアケビを取りに出かけてみました。
アケビの蔓をたどってゆくと、口を開けた熟れたアケビの実が、
鈴なりにぶら下がっていました。
きれいな赤紫のアケビが口を開けて、
私を待っているようでした。
余りの艶っぽさに、唾液を飲み干しそうになりました。
「ははあ~!先人は、これを見て、彼の都都逸をひねり出したのか」と!
マツタケの気持ちも、アケビの心も判るような気がしました。
まあ、年齢的には、遅すぎるきらいは無きにしも非ずですが!!
越後燕三条いいもの市 [日記]
越後燕三条いいもの市の陳列棚①
越後燕三条いいもの市の陳列棚②
三条の打ち刃物①
三条の打ち刃物②
『燕三条とは?』
マッチを買いに、地元のDIYに行くと、
正面入り口に、聞いた名前を見つけました。
燕市のFB仲間の方に、写真を送ろうと思い、
カメラの収めてきました。
彼のFBのウォールに、写真②を投稿すると、
以下のようなコメントが届きました。
私の燕三条観より、的を射ていると思いますので、
彼の許可を得て、下記に添付してみます。
彼からのコメント:
基本的に燕市と三条市は別の市であります。
あなたが仰る通り、燕市は金属加工、三条市は刃物が有名です。
何でこんな可笑しな名称ができたかというと、
新幹線駅と高速道路のインターチェンジが関係します。
どちらも両市に跨がってた位置に建っているのです。
ですから、お互いの名前を尊重(?)し、
新幹線駅は"燕三条"インターチェンジは"三条燕"になってます。
因みに平成の大合併以前から両市は仲が悪いのです(笑)
"燕もん、三条もん、目糞鼻糞、えんがが笑う"という諺(笑)があります。
※もん(者の意)、えんが(犬の意)
私は元々の燕市民ではありませんので、昔は高みの見物でした(笑)
合併して燕市民になりました。
世間一般には"燕三条"の呼称で浸透してますね!
"私感が入ってるので、事実と違うところがあったらごめんなさい。
(というか、よくよく考えてみると、どちらの施設も旧燕市の屋敷内かも。
微妙な位置なんです(汗))。
因みに燕三条駅は、昔、タモリにあの番組内で馬鹿にされてました(泣)"
以上、彼からのコメントです。
このステンレスざるは、一ヶ月ほど前に、この燕三条いいもの市で買い求めたものです。
ヤブマメ その名を調べるのに手間取りました。 [日記]
ヤブマメ
その実態を知ったのは、つい2~3日前です。
庭の草取りをしていて、その花の可憐さに目が止まりました。
最初は、ヘクソカズラと思って、マクロで撮影しました。
別名サオトメバナ(早乙女花)ともいうらしく、いいと思っておりました。
それからが大変でした。
どうも少し変だと思い、悪戦苦闘して、図鑑で調べて見ました。
ヤブマメということが、やっと判明しました。
ヤブマメをマクロ撮影すると、その藤色が、えに言われぬ色合いを見せてくれます。
又、以下のようなことも判明しました。
林縁や草原などに生育する。夏から秋にかけて花を咲かせ、実をつけるが、地中にも閉鎖花を付ける。茎の一部から地中に枝が伸び、土の中で果実を稔らせる。この果実の中には種子は1つしかなく、地上部に形成される種子よりも大きい。地上部の種子は有性生殖であるので多様な性質を持っており、新たな場所へと散布されることを期待している。地下に形成した種子は、単為生殖であるので自らと同じ遺伝子を持っており、まずは来年への存続を確保するという戦略である。このような戦略は、来年もヤブマメが生育可能な立地条件であることがかなりの確度で予想される場合に成り立つ。ヤブマメの生育地は、そのような、来年も一年性のツル植物が生育可能な立地である。
ヤブマメ②
ヤブマメ③
ヤブマメ④
追記:この年になるまで、この可憐な花に気が付きませんでした。
もちろん、ヤブマメの生態も初めて知りました。
植木に絡んで、厄介なマメ科の草とだけ思っていました。
これからは、又別の角度から、見ることが出来ると思います。
私のささやかな夢、庭掃除! [日記]
駐車場より、庭に入る第一歩。
手掘りの井戸から、大好きな哲学の小径に至る景。
絶え間なく、流れる筧の水。
私のささやかな趣味は、庭掃除です。
季節も、深まり行く秋の前兆を想わせてくれ、
竹箒を使った庭掃除を楽しめる季節となりました。
北関東に位置するこの地方では、これから2月の初旬までは、
乾燥した晴れ間の多い快適な気候が続きます。
暑い時期とは異なり、雑草も生えず、
庭掃除には、打ってつけの季節です。
庭の散策も、自然と歩が進むと言うものです。
今は、まだ虫の声も聞かれ、その上草の花や、
木の実の熟れるのも楽しめます。
まあ、世捨て人のような暮らしも、
この年になれば、許されるかもと思うこのごろです。
方丈記をPCの横に置き、ひぐらしめくっております。
部屋に飛び込むアオマツムシと、茶花の写真を添えておきます。
座布団の上で鳴く、アオマツムシ。
茶花
笠間市稲田の林照寺! [お寺さん]
林照寺ご本堂
稲田御坊西念寺の参道の傍らに、ひっそりと立つ、
林照寺が、あります。
いつも、西念寺の下寺と思っていました。
その萱葺きの庵のような寺院は、よく見ると趣がありました。
下記の由来記を読み、Wikipediaで調べてみると、
茨城(常陸の国)と、北陸真宗門徒との深い関係が分かりました。
北陸真宗門徒と林照寺本堂の由来記
林照寺は、親鸞聖人を宗祖とする浄土真宗単立寺院。
鎌倉時代に誠信房による開基。
林照寺北陸真宗門徒と御本堂の由来
1783年、天明の飢饉。
1833年、天保の飢饉があった。、
東北・北陸地方の農村は荒廃した。
笠間藩内も荒廃した。、
笠間の寺院は、窮地をなんとかしようと努めたが、効果的な手段がなかった。
そこで、他藩からの移民を受け入れ、耕地の復旧、開墾を行い、農村を再興しようとした。
「林照寺」第21世住職は、飢饉により、大打撃を受けた、
北陸加賀越中真宗門徒の移民の勧誘につとめた。
移住した北陸門徒は、他国者という事から様々な差別や嫌がらせを受けた。
住職は、北陸から持ち帰った3体の阿弥陀如来木造を差し出し、
念仏により、彼らの救済に尽力した。
北陸移民の人達は、財物を出しあい、
親鸞が使用した3間4面の草庵を再建した。
(説明板より)
黒門と林照寺ご本堂
かく云う私は、この由緒あるお寺さんを、
不覚にも、良く見ようとしませんでした。
甍を競う稲田御坊西念寺に目が行ってしまい、
見落としておりました。
良く晴れた秋空の下のドライブは、事の外収穫がありました。
福井より、放射能汚染フリーの野菜届く! [日記]
福井より、放射能汚染フリーの野菜届く!
福井の友人(嫁さんの)が、放射性物質に汚染されていない、
生鮮食料品を、ゆうパックで、恵送してくださいました。
いつも、内部被爆を恐れている嫁さんは、大喜びです。
こちらからは、何も送るものはありません。
...
大野の黒芋、すこ、きんぴら、越前東郷米、坂井平野米、なすび、
トマト、ピーマン、オクラ、茗荷の子他と、
主婦ならでは、細かい心配りが、込められています。
嫁さんと、福井の友人の電話の声が弾んでいました。
まさかの時の友とは、このことかもしれません。
有難いことです。どうもありがとう!!!!
すこ サトイモの茎(ズイキ)で作った甘酢作り
福井の郷土料理
茨城で作るも、上手く出来ません。
越前大野の黒芋
福井地方では、評判のサトイモ。
種芋は天理市の大和農園でも取り扱っています。
ナスにトマトにオクラとお茶
ピーマンに茗荷の子
主婦らしい心配りに、感謝で一杯です。
古刹浄乗寺の彼岸会の彼岸花の姿! [浄乗寺]
古刹浄乗寺境内に咲く彼岸花①
古刹浄乗寺境内に咲く彼岸花②
9月23日の古刹浄乗寺で、厳かに彼岸会の法要が営まれた後、
例年のごとく、境内に咲く彼岸花を見て歩きました。
21日夜、関東地方を席巻した台風の余波は、
彼岸花にも、はっきりその爪あとを残して行きました。
古刹浄乗寺境内に咲く彼岸花②にその跡が、はっきり現れておりました。
それでも、場所によっては、楚々として、健気に咲いている株もありました。
目立たずひっそりと咲くその姿は、いじらしくもあります。
竹の垣根の元に、小さな株で咲いておりました。
彼岸会なので余計感じるのかもしれませんが、
何か人生を、思わせるものがあるような気がしました。
竹の垣根の元に、ひっそり咲く彼岸花の小株。
例年の彼岸花の参考に、貼付してみます。
古刹浄乗寺境内に咲く彼岸花②に対応する、2007/09/25 の彼岸花
林下の2007/09/25 の彼岸花
今年は見る影もありませんでした。
私のFacebook事始! [ネットなライフ]
私の強い味方、『これ一冊で完全理解 facebook』
国会議員片山さつき先生のTwitterをフォローしていた時、
確か、7月だったと思います。
先生のTwitterにFacebookを連動させると言う記事が載っておりました。
Facebookの名前は、聞いていたのですが、登録してはいなかったので、
この機会にと思い、先ずはFacebookの登録をしました。
それから、アマゾンで、『これ一冊で完全理解 facebook』の本を、
注文しました。
最初は、友達リクエストも知らなかったので、
嫁さんにもFacebookを作り、お互いに友達リクエストを承認しあいました。
それから、知り合いの名前で、友達検索をしました。
4名ほどの方に、友達リクエストを承認していただきました。
Facebookは実名主義なので、相当の覚悟がいりました。
ソネブロでは、多くのブログ同様、ハンドルネイムなので、
ある意味で、気軽でした。
居住地の市名と実名を入れると、すぐに私とばれることも覚悟しました。
又、いかに情報漏洩がないとは言え、
情報は、簡単に漏洩すると思うのが賢明です。
私は、生年月日などは、入れないことにしました。
イーメールアドレスはフリーメールアドレスにし、
携帯番号は、何かの折と、信頼できるFB仲間のためと思い入れました。
niceマークに対して”いいね!”、コメントに対してのコメントは、
公開です。
メッセージと言う優れものが、facebookにはあります。
これは、イーメールに相当し、非公開です。
記事は、FB仲間だけで読まれることになるのですが、
FBには、シェアという、またまた優れものがあります。
シェア機能を使うと、他のFB仲間にも記事が届きます。
そのお仲間の方が 、その記事をシェアされると、
その方のFB仲間の方のところにも配信されます。
上手に使えば、それが連鎖反応となって瞬く間に、
全世界に広がってゆくと言う仕組みです。
ですから、各自が数少ない信頼できるFB仲間おられると、
思わぬ効果が現れると言うことだと思います。
facebookの世界を、Twitterに連動させ、スカイプとも連動しているので、
それこそ、明るい広いソウシャルメディアの世界へと誘ってくれると思います。
いつも新しい情報にチャレンジし、1秒1秒に生きるように努めています。
脳は空よりも広いと言われているようですが、
それを糧に、いつまで若くいられるかの日々です。
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